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南岸低気圧

2024年2月5日に日本の南岸を通過した低気圧についてまとめました。

 

概要

  • 2月4日、東シナ海に解析された低気圧は前線を伴い南岸沿いを東北東に進み、6日未明には日本の東に抜けた
  • 関東地方では大雪警報が発表され、6日午前9時までの24時間で観測された降雪量は東京都心で9cm、埼玉県秩父市で27cm、長野県飯山市で46cmなどとなった
  • 関越道や東北道などでは予防的通行止めが実施されるなど、交通の足は大幅に乱れた

 

低気圧発生12時間前4日9時

図1は、低気圧が解析される12時間前の天気図です。

東シナ海から朝鮮半島にかけて等圧線が北に盛り上がり、気圧の谷になっているのが分かります。

台湾から東シナ海に気圧の谷がのびているときは低気圧が発生して、日本の南岸を進む南岸低気圧になることがあります。

図1 東シナ海の気圧の谷(2月4日9時)

 

500hPaでは華中の5580〜5700mのトラフの前面を正渦度が移流しており、今後の低気圧の発達を予感させます(図2)。

図2 500hPa渦度場(2月4日9時)

 

低気圧発生4日21時

4日21時、東シナ海に低気圧が発生しました(図3)。12時間前の天気図(図1)と比べると、黄海の気圧の谷が深まっているのが分かります。

図3 地上天気図(2月4日21時)

 

低気圧の発達を予測する上で欠かせない、500hPaの渦度と850hPaの温度移流を見てみましょう。

まず、500hPaの渦度場からです(図4)。

図4 500hPa渦度(2月4日21時)

 

5640〜5700mのトラフが華中を進んでいます。トラフ前面の東シナ海は正渦度が移流する場になっています。この時点で、5580mのトラフと5640〜5700mのトラフに分流してきたように見えます。

次に、850hPaの温度場(図5)では華中から東シナ海にかけての傾圧帯が明瞭で、東シナ海では暖気が移流し等温線が北に盛り上がっています(サーマルリッジ)。寒気移流は暖気移流に比べると弱いですが、20〜25ktの北よりの風が吹いています。

図5 850hPa温度場(2月4日21時)

 

このように、中緯度における渦度移流と暖気移流は上昇流を励起する(オメガ方程式)ため、地上低気圧の中心付近には「−96hPa/h」の鉛直流が生じています。

次に、上空の温暖前線面を確認してみます。

図6は同日同時刻の八丈島の状態曲線(エマグラム)です。770〜700hPa付近に逆転層があります(赤の点線部分)。温暖前線面では暖気が滑昇するので、「これは前線性の逆転層だ」と飛びつきたくなります。

しかし、風向変化を見ると上方に向かって反時計回りの回転(逆転)で寒気が移流していること、また800hPより上空では湿数が大きく乾燥していることから、この逆転層は温暖前線によるものではなさそうです。

図6 エマグラム(八丈島、2月4日21時)

 

前線により近い潮岬(和歌山県)のエマグラムが入手できれば面白い解析ができたでしょうが、潮岬の高層気象観測は2023年1月中旬以降は中止されています。早く復活して欲しいものです。

<余談>
2022年4月、釧路の無人観測所にある自動放球施設で火災が発生した影響で、同型設備を利用している輪島、松江、潮岬も含めて、4箇所で高層気象観測が中止されています。一部では有人による観測が行われています。

 

発生12時間後(5日9時)

北信地域ではこの時間帯から降雪が本格的になってきました。天気図を見てみましょう(図7)。

図7 地上天気図(2月5日9時)

低気圧は発達しながら四国の南海上に進みました。

500hPaのトラフは深まりながら東シナ海を通過中で、低気圧はまだ発達を続けそうです(図8)。

図8 500hPa高度・渦度(2月5日9時)

前線に対する雨域はどうなっているでしょうか。図9は天気図にレーダーエコーを重ねたものです。

図9 地上天気図とレーダーエコー(2月5日9時)

 

前線に伴う降水域が西日本から東日本まで、広がっている様子が分かります。

この時刻の八丈島の状態曲線を見てみます(図10)。

図10 八丈島の状態曲線(2月5日9時)

 

750〜730hPaに逆転層があり、下記を根拠にして温暖前線に伴うものと判断して良さそうです。

  • 地上から750hPaまでの気温減率は湿潤断熱線に沿っており、非常に湿潤である
  • 730hPa〜400hPaでも、温度線と露点線の間隔で示される湿数は非常に小さい
  • 地上から800hPaまで風向の変化は順転(上方に向かって時計回り)で暖気移流を示している

目の子の計算で確認します。

八丈島の前線面の高度を仮に2500m(=2.5km)とします。温暖前線の傾きは1/200〜1/300程度(水平方向に200〜300km進むと、前線面は1km上にある)とすると、地上の温暖前線は500〜750km離れていると予想されます。

高知県最南端の足摺岬から八丈島の直線距離は約650kmなので、上記の範囲内に収まっています。

 

発生24時間後(5日21時)

昼過ぎから雪の降り出した都心部では、この頃の降雪が最も多かったようです。

天気図を見てみましょう(図11)。

図11 地上天気図(2月5日21時)

 

低気圧中心は八丈島付近を通過中で、前線はすでに閉塞しています。

八丈島の観測値からは前線の通過が面白いように見てとることができます。

まず、気圧の時系列図によると、20〜21時で最小となっています(図12)。

図12 八丈島の気圧時系列図

 

次は気温です。20時50分に17.9℃を記録した後は、一気に7℃下げています(図13)。

図13  八丈島の気温時系列図

 

最後は風向の変化です。21時〜22時で風向が西よりから北よりに変化しています(図14)。

図14 八丈島の風向・風速時系列図

 

八丈島のウィンドプロファイラからも、風向の変化は21〜22時の間であることが確認できます(図15)。

図15 八丈島のウィンドプロファイラ(2月5日、17〜23時)

 

以上から、前線が八丈島を通過した時刻は20〜21時の間であると推測しました。風向変化はこれよりも後の時間に発生していますが、理由は不明です。

関東地方ではこの時間帯に落雷が多数発生しました(図16)。関東地方と関東沖の赤色表示は18〜24時の落雷を示しています。南岸低気圧で落雷が発生するのは非常に珍しいと思います。

図16 落雷状況(2月5日) 

 

500hPaの渦度場を見ると5640〜5700mのトラフは低気圧を追い越していますが、東海道沖に「+396」の正渦度があります(図17)。これは4日21時に分流した5580mのトラフに対応しています。

関東沖の海水気温が平年より1〜2℃高いことに加え、この正渦度の移流により大気の状態が不安定になっていたと思われます。

図17 500hPa渦度場(2月5日21時)

 

最後に

南岸低気圧が都心で雪を降らせるかどうかの目安の一つとして、低気圧中心が八丈島を通過するというものがあります。八丈島より北側を通ると雨になり、南側だと何も降らないとされます。

今回の南岸低気圧は八丈島を通過し大雪になったので、まさにその雪の通りになったと言うこともできます。

しかし実際にはそれほど単純ではなく、北よりの風が吹いているか、あるいは下層の気温と湿度などの細かい条件が多く、降ってみないと分からないところもあります。

今回は850hPaの気温が首都圏でも2月3日から−3℃以下であり、低気圧通過時に雪が降ることは十分に予想されました。しかし湿った重い雪になったのは500hPaの気温が−16℃と高かったためだと思われます。

最後に東日本エリアにおける3時間降雪量の推移を動画にしました(5日8時〜6日7時)。

図18 3時間降雪量の推移

 

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【図の出典】
図1、4、5、17 気象庁天気図を加工して作成
図2、3、7、8、11 気象庁天気図
図9 気象庁天気図、「雨雲の動き」を加工して作成
図12、13、14 気象庁「八丈島の観測データ」
図15 気象庁ウィンドプロファイラ
図18 気象庁「今後の雪」を加工して作成
図6、図10 ワイオミング大学を加工して作成
図16 フランクリン・ジャパン

 

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