コンテンツへスキップ

何のため?(1) 絶対渦度保存則

気象予報士試験の参考書の解説には、前後の章立てと関係なく突如として登場する知識があります。

その知識の応用があるわけでもなく、何のために必要な知識なのか分かりづらかったりします。

そんな項目を3回シリーズで書いてみたいと思います。1回目は絶対渦度保存則です。

 

絶対渦度保存則とは

参考書には、絶対渦度保存則についておおむね次のような説明がされています。

絶対渦度は保存量であるため、相対渦度の鉛直成分と地球の自転による渦度の和は常に一定となる
(「らくらく突破 気象予報士かんたん合格テキスト」学科一般知識編、技術評論社)

 

惑星渦度と相対渦度の和を絶対渦度といい、大規模な大気の運動において発散・収束がない場合は絶対渦度は保存される
(「ユーキャンの気象予報士入門テキスト」、ユーキャン 学び出版)

 

でも、絶対渦度が保存するって、本当でしょうか?実例で確認してみましょう。

2024年台風第10号

2024年8月の台風第10号は超ノロノロ台風で、マリアナ諸島近海で発生して九州に上陸するまで9日間を要しました。なかなか進路が定まらず、遠出を計画していて困惑した方もいたのではないでしょうか。

図1はこのときの500hPa高度・渦度図です。台風の渦度は 27日が1023×10-6(s-1)(図1(a))に対して31日が300×10-6(s-1)(図1(b))と、北上するにつれて小さくなっています(以降、×10-6と単位は省略)。

図1 500hPa 高度・渦度図(気象庁天気図を加工して作成)

 

500hPa高度・渦度図に表現される渦度は「相対渦度」です。北上に伴い惑星渦度は大きくなりますから、絶対渦度保存則によれば相対渦度は小さくなります。

では北上に伴う相対渦度の減少分(723=1023ー300)は、惑星渦度の増加分と一致しているのでしょうか。

緯度φにおける惑星渦度は、2ωsinφで与えられます(ω:地球の角速度)。赤道の緯度は0°でsin0°=0、北極の緯度は90°でsin90°=1です。

したがって、北上に伴う惑星渦度の増加分は最大でも2ωです。これにωの値(=7.292×10-5)を代入すると、赤道から北極まで移動しても惑星渦度は146程度しか増えません。

すなわち、惑星渦度の増加分よりも相対渦度の減少分が大きいため、この場合は絶対渦度が保存していないことが分かります。

日々の天気図解析で正渦度を追跡していると、このように絶対渦度が保存していないケースを多く見受けます。

 

絶対渦度が保存しない理由

ではなぜ、絶対渦度は保存しないのでしょうか。そもそも保存しないのに、なぜ「保存則」などと呼ばれているのでしょうか。

参考書をよく見ると、「大規模な大気の運動において発散・収束がない場合、絶対渦度は保存する」と書かれています。実際の大気では発散・収束があるため、絶対渦度が保存されないケースが多いのです。

この「発散・収束がない場合」とは、いったいどんな場合か気になりますよね。

今ここに粘土があるとします。両手を使って粘土を左右からぐっと押し込むと、真ん中から上に盛り上がりますよね。

粘土を空気に置き換えて考えると、大気でも似たようなことが生じます。

すなわち、地上で大気が収束すると上昇気流が発生します(これを数式で表現したものを連続の式と言います)。

逆に、下降気流があると地上では発散が生じます。

上昇気流、下降気流は低気圧の発達には欠かせない現象です。

直線の等高線に平行に吹く地衡風では発散・収束がないので鉛直流の発生もありません。したがって、この場合は絶対渦度が保存します。

長波と絶対渦度の保存

ここで気象学の歴史を少し振り返ってみましょう

1930年代後半に高層観測が行われるようになると、大気の上層には長い波長を持つ波が東西方向に蛇行していることが分かりました。

水平の規模(数千km)に対して大気の高さ(10km程度)は薄いため、大気は水平運動をする、すなわち絶対渦度が保存すると考えると、この波は緯度により値の異なるコリオリ力を復元力とすることが示されました。

さらに数値予報の黎明期である1940年代後半、電子計算機による計算を簡略化するために上昇流・下降流を想定しないモデルが採用されました。これを順圧モデル、または英語でバロトロピック・モデルといいます。発散・収束がないので絶対渦度は保存します。

これによって渦度の移動を計算することができましたが、上昇流・下降流がないので低気圧が発達しません。それでも数値予報モデルの改善に大きな役割を果たしました。

これを改良したのが今日採用されているモデルです(傾圧モデル、またはバロクリニック・モデル)。傾圧モデルでは発散・収束を前提とするので、絶対渦度は保存しません。

 

ではなぜ絶対渦度の保存則を学ぶのか?

500hPa面は下層の収束と上層の発散の中間にあたり、平均すると絶対渦度が保存するとみなせるため、渦度極大域の追跡がしやすいとされています。

しかし、低気圧が発達するときは発散・収束を伴うため絶対渦度は保存されず、相対渦度の変化は大きくなります。

試験対策として知識を丸暗記するのではなく、どのような適用領域があるのかを知った上で学んでいきたいですね。

参考:量的予報技術資料第19号2014年(気象庁)

 

この記事が役に立ったと思われた方は、ポチッと押してください。

「何のため?(1) 絶対渦度保存則」への2件のフィードバック

  1. 今回も興味深く読ませていただきました。予報士試験の受験勉強をしていた時に良く理解できなかった事柄の一つです(笑)。当時は理屈はともかくこのことについてはこういうものだということで丸暗記して(汗)何とか乗り切った記憶があります。
    本稿を読んで少しだけ理解が進みました。ありがとうございます。

    1. 予報士試験で学ぶ知識(特に一般)は断片的で、それがどこにつながるのか分からないものもありますよね。

      「『絶対渦度は保存する』と書いてあるのに、AXFEとかを見てると全然保存してないじゃないか。どういうこと?」
      というのが自分も長年の疑問でした。

      断片的な知識が面的に広がってくると、気象の面白さが増していきます!

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

CAPTCHA