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全層湿潤のエマグラム

先日開催したエマグラム徹底講習では講義や試験の頻出問題の分析に加えて、特徴的な気象条件下のエマグラムを集めて見ていただきました。

エマグラムを見比べてみるとなかなか面白かったので、これに加筆してまとめてみました。

 

正渦度移流による全層湿潤

2023年4月26日00UTCの事例です。

最初に館野と秋田のエマグラムを見てみます(図1)。

図1 エマグラム(2023年4月26日00UTC)

 

館野、秋田のいずれでも下層から上層にかけて気温と露点温度の状態曲線がほぼ重なっており、湿潤な状態になっています。

どちらも逆転層があり、その上端の気圧は館野で970hPa、秋田で925hPaです。風の鉛直プロファイルはいずれも順転(上方に向かって時計回りに変化する)なので暖気移流がある、すなわち、地表近くに温暖前線があることが分かります。

そこまで押さえた上で、今度は天気図を見ます(図2)。

図2 地上天気図(2023年4月26日00UTC)

 

紀伊半島の低気圧から関東の南に温暖前線がのびているので、これが館野の逆転層に対応するものと思われます。

房総半島の南から館野までの距離を150kmとすると前線の傾きは1/300ぐらいになるので、温暖前線の傾きに一致すると考えられます。

秋田の逆転層の理由は一旦保留にして、高層天気図を見てみましょう(図3)。

図3 高層天気図(2023年4月26日00UTC)

 

500hPa、700hPa、850hPaのすべての高度で、館野、秋田とも湿数が2℃以下で湿っています。これは図1のエマグラムで見たことと一致します。

700hPaと850hPaでは、本州のほぼ全域で点(ドット)がうたれているので、少なくと700hPaの高度まではべったりとした雲が出ていることが想像できます。

なぜ全層で湿潤になったのかを考えるために、500hPaの渦度の状況を見てみましょう(図4)。

図4 500hPa渦度(2023年4月26日00UTC)

 

強風軸によって正渦度が移流している状況が分かります。中緯度帯では正渦度の移流域の上層では発散場になるので、上昇流が励起されます。上昇した空気は冷やされて凝結するため、上層まで湿潤となります。

最後に、保留しておいた秋田の逆転層(上端高度は約925hPa)の発生原因を考えてみます。

図1(b)の風の鉛直プロファイルによると、この付近では上方に向かって風が順転しているため、温暖前線による逆転層であると推測されます。

さて、図2の天気図によると、日本海北部に1002hPaの低気圧があります。850hPa天気図(図5に再掲)を見ると、6℃線と3℃線による温度傾度が大きく、南よりの風によって等温線が北に盛り上がっています。地上天気図には表現されていませんが、これが隠れた前線として逆転層に現れているものと思われます。

図5 850hPa天気図(2023年4月26日00UTC)

 

大気不安定による全層湿潤

2020年(令和2年)7月3日から4日にかけて、鹿児島県の薩摩、大隈地方では暖湿気が流入し大気の状態が非常に不安定となり大雨特別警報が発表され、多数の被害も発生しました。

2020年7月4日00UTCの鹿児島のエマグラム を見てみましょう(図6)。

図6 鹿児島のエマグラム(2020年7月4日0UTC)

 

2本の状態曲線が完全に重なって、完全に1本化しています。

次に、前日7月3日12UTCの500hPa天気図と地上天気図を見てみましょう。

図7 500hPaと地上の天気図(2020年7月3日12UTC)

 

500hPaでは5820mに強風軸があり、東シナ海にトラフがあります(図5(a))。図は省略しますが、この強風軸のほぼ真上を300hPaの亜熱帯ジェットが吹いており、この周辺が寒気と暖気の境であることを示唆しています。

黄海には−9℃の寒気を伴う寒冷渦があることも象徴的です。

このような場で、高気圧の縁を回る暖湿気と東シナ海からの暖湿気が収束して前線に流れ込んでいます(図7(b))。これにより大気の状態は非常に不安定となりました。

図6のエマグラムに付随する指標から主なものを並べます。

LCL(持ち上げ凝結高度):957.0hPa(464m相当)
LFC(自由対流高度):878.8hPa(1,206m相当)
EQL(平衡高度):177.7hPa
SSI(ショワルター安定指数):−0.96

試験問題でしか見ない指標ですが、実例で見比べると「こういうものなのか!」という驚きを強く感じます。

薩摩半島最南端にある開聞岳は標高924mでLFCには満たないですが、トラフが接近中の状況では上昇流が生じる環境になっています。

もう一つ驚きなのは、このような状況でもショワルター安定指数は−0.96と思ったより大きいということでした。

 

大気不安定【番外編】

関東地方では例年6月になると大気の状態が不安定になり、雹(ひょう)が降ったり落雷が発生する日があります。そんな事例を見てみましょう。

2022年6月2日、関東地方では500hPaに平年より4℃以上低い−15℃の寒気が流れ込んでいました。鹿島灘付近には高気圧性循環があり関東付近は快晴となり、昼過ぎの気温は各地で27℃以上となりました。

その結果大気の状態が不安定となり、埼玉や群馬で大量の雹を降らせました。この時のエマグラムが図8です。

図8 館野のエマグラム(2022年6月2日12UTC) 

 

全層湿潤どころか乾燥している層や逆転層もあります。これでなぜ雹が降るような天気になったのでしょうか。そのヒントは500hPaの渦度にあると思います(図9)。

図9 500hPa渦度(2022年6月2日12UTC)

 

東日本は負渦度域で、正渦度の移流はありません。したがって、高層観測点の館野付近には組織的な上昇流は発生していなかったことになります。

大気不安定で上昇流は発生してもそれは局所的であり、観測点を含む広いエリアでは発生していなかったのでしょう。

ひまわりの可視画像を見ても、館野周辺に対流雲が発生していないことが分かります(図10 )。

図10 気象衛星 可視画像(2022年6月2日08UTC(17時))

 

さいごに

今回見てきたように、下層から上層まで全層にわたって湿潤になるのは正渦度移流やトラフが接近している場であることが理解できました。大気不安定により大雨や落雷が発生していても、それは必ずしもエマグラムには反映されないということも見ました。

今回紹介した全層湿潤の他にも特徴的なパターンをまとめるつもりでしたが、長くなってしまったので今回はここまでにしました。

いかがだったでしょうか。試験向けの学習では苦手意識が出てしまいますが、実際のエマグラムは面白いものだと気づいていただければ幸いです。

 

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「全層湿潤のエマグラム」への2件のフィードバック

  1. 講師殿
    試験前1週間を切りました。
    一昨日、ひょんなことから貴ブログの存在を知り、2019年11月から最新分までを
    一気読みしました。最大の感想は、もっと早くに出会っていればよかった・・・です。
    と、悔いても栓無きことですが。。。
    一気に読み通して、正直大変に勉強になりました。今ごろで恥ずかしながら、等圧線の
    引き方のモヤっと感が少し晴れたように思います。それと問への答え方も頭の再整理に
    なりました。
    今回の試験で学科免除2回分の通行手形が消失します。
    正直なところ、今回ダメだったらここで諦めようと思っていましたが、貴ブログを
    拝見して、合格するまで頑張るか・・・という気になりました。
    今回で終われるように全力を尽くしたいと思います。
    有難うございました。

  2. Nさま(当方にてお名前を編集しました)

    試験日まで落ち着かない日々になりますね。
    自分は試験直前期は復習に当てることで気を鎮めていました。
    日頃の努力が結実するようお祈りしております!

    また、当ブログをお読みいただき、ありがとうございます。
    予報士試験合格も大切ですが、
     気象に関心を持ち続けること、
     そして気象変化の本質を理解しようとすること、
    そんなことでお役に立てれば嬉しく思います。

    私もまだまだ学習を続けております。
    楽しみながら一緒に頑張りましょう!

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